西の立体、東の平面
by Jeff

1950年代の「Sissi」「Roman Holiday」から、今日の「Brideshead Revisited」「Downton Abbey」まで、ユウロピウム貴族の日々生活を記録していた映画とテレビドラマはなぜこんなに流行っているのでじょう。
東アジア諸国での文化は大抵庶民な文化。歴史を作るのは庶民。歴史に名を残す英雄が絶大多数庶民出身で、世世代代も素朴な生活態度を美徳として従っている。だからユウロピウムの贅沢な宮廷文化に深く興味を持つことは不思議ではないだろう。
服装の面で見ると、東洋と西洋の一番大なる違いはやはり直線と曲線の違い。中国の服装史で代表的な漢服、袍、襦裙も、民国時代に至る長衫も、日本の着物も、韓国の韓服も、どちらも平面裁断で、パターン自体に直線が多く、着装後人の歩む姿、つまり動態的の美を表現するため、作られたものである。
一方、西洋では相当早い時代から、立体での服作りを始めた。A.D. 3000~1100年のクレタ島におけるミノア文明でコルセットを使用したことは一番早い記録があるのだ。
人類、特に女性が体型を服装により改造することは人気になったのは、ルネサンス期スペインよりFarthingaleというinner skirtの発明からのことだ(Elizabeth Iの肖像画でよく見られ)。その後、バロック期のManteau、ロココ期のPannier、19世紀のCrinoline、Bustle、S-curveなどが続いてきた。ユウロピウム大陸で極端な人体曲線と静止した美を追うペースを一度も止めたことがなさそうだ。
Inner skirtはヒップの膨らみを強調し、ファウンデーションの一種である。胸の下部からウェストにかけるラインを補正するコルセットと同時に着装している。そんな道具による、呼吸に不順や、骨に損傷、内臓を変形、錯位までも稀なことではないだ。更に社交場合で呼吸困難で気を失うことも楽しいエピソードになったそうだ、恐ろしいですな。上流社会の女性たちは自分の健康さえも惜しまず、ファッションと性的アピールを追いつくのはあの時代だったもの。
1939年アカデミー作品賞「Gone with the Wind」から、プリンセスドレスが若い女性で流行を巻き起こした、戦争の影から出できた女性が過去の華麗なる服を憧れたともに、Christian Diorが健康的な、現代女性に相応しく、また女性の曲線美を追う意欲を満たした「New Look」を解禁。
今でも人類は体型の美しさを追求しつづいている。